「星降る中部高地の縄文世界」
─数千年を遡る黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅─」
平成30年度に、長野県と山梨県の共同申請が日本遺産に認定され、
両県における黒曜石を通した物流と交流によって培われた
縄文文化を代表する遺跡や文化財が評価されてきました。





長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳の北麓には本州最大の黒曜石原産地遺跡があり。
火山性ガラスである黒曜石は、石器を代表する石材として利用された。
中部高地で黒曜石が出土する遺跡は、
星糞峠、星ヶ塔 、星ヶ台など星の名がつく高原地帯です。




長野県では黒曜石の鉱山(八ヶ岳)を背景にムラが造られた。
一方、山梨県では、採掘された黒曜石をブランド化し
物流の拠点として大きなムラが造られ、周辺地域の影響を受けながら
独自に発達した優美な土器などが造られてきました。

黒曜石の交易ルートの発達と共に約5000年前に列島内で
最も先進地域となりました。

縄文時代は、今から約16000年前から約3000年前まで続いたそうです。
縄文時代以前の旧石器時代は最終氷期と呼ばれる寒い時代でした。
気候変動や自然環境が変化で温暖な環境になったのが縄文時代でした。




縄文時代には、芸術的で個性豊かな土器や土偶が多く見られ、
中部高地から見つかる特有の文様やデザインには、
この地の人々の神話的世界観に対する強い想いがこめられています。
子孫繁栄、新しい命が生まれてくることに最大の関心を寄せていた。
縄文の人たちにとって、命を産み出す女性はまるで
「神」のような存在だったのかもしれません。




縄文人の平均寿命は30歳くらいだと言われています。
医療が発達していなかった当時、生れて亡くなる子供も沢山いたことでしょう。
亡くなった子供を入れる棺として使用されていたとされる「埋甕(うめがめ)」にも
沢山の装飾が施されています。




なぜこのような模様なのか?
なぜ土器としての機能性を落としてまで華やかに装飾したのか?
なぜ土偶はほとんどが女性なのか?
なぜ土偶の多くは壊れた状態で見つかるのか?
なぜ人なのに指が三本なのか?宇宙人なのか?
なぜ土器や土偶は実物を表現せず、デフォルメしているのか?
その「謎」が気になる!!
その「謎」の答えを求めて、気付けば「縄文」にハマってしまう。

歴史の教科書にもほとんど詳細が書かれてない「縄文時代」。
縄文遺跡や博物館・資料館が多く点在する八ケ岳・中部高地エリア、
古代日本のロマンを見物しに行きます。